気になるタグ
文/井上榛香
タイヤを開発、販売しているブリヂストン社が月面探査車用タイヤの最新モデルの走行試験を鳥取砂丘の実験場で行っています。5月30日には、走行試験の様子がメディア関係者に公開されました。ここでは、月面探査車用タイヤの紹介、そして走行試験や実験場の様子をレポートします!
空気がいらない金属製のタイヤ
地上で使われている一般的なタイヤはゴム製で、内部は空気で満たされています。しかし、環境が過酷な月面では同じようにするわけにはいきません。
月面は気温差が大きく、昼は110℃、夜は-170℃にもなります。ゴムのかたさは温度による影響を受けやすく、月面で夜が来るとゴムはガラスのようにカチカチになってしまいます。さらに、月面は宇宙放射線が降り注いでいます。宇宙放射線に長い間さらされ続けるとゴムはボロボロになってしまいます。月面には空気がほとんどないため、地上と同じようにタイヤに空気を入れることもできません。
そこでブリヂストン社は空気を使わず、気温差や放射線に強い金属製のタイヤを月面探査車用に開発しています。
2023年に走行試験の様子が公開された第1世代のタイヤは、バネと細かな金属繊維を束ねたコイルスプリング構造のものでした。

月面探査車自体の開発が進むにつれて、タイヤにもより厳しい条件が求められるようになったため、ブリヂストン社は金属スポーク構造を採用した第2世代のタイヤの開発をすることにしました。

ここまで公開
ラクダの足の裏がヒントに
月面探査車用タイヤの走行試験が行われたのは、鳥取砂丘月面実証フィールド「ルナテラス」です。鳥取砂丘のきめ細かい砂や起伏がある地形は、月面によく似ていると考えられていて、月面探査車やタイヤなどの研究開発を行う企業や大学から「鳥取砂丘で実証試験を行いたい」という声が寄せられ、鳥取大学の乾燥地研究センターのなかにルナテラスが作られました。

今回行われたのは第2世代のタイヤの走行性能試験と耐久性能試験です。


ルナテラスを歩いていると、靴がすぐに砂に沈んでしまい、歩きにくいことに気が付きました。実は、砂は月面探査車用のタイヤの開発でも大きな課題になっています。月面は細かい砂・レゴリスで覆われているので、走行中にタイヤが沈んで埋もれてしまうおそれがありますが、第2世代のタイヤは軽量化したほか、月面と接する部分の面積を大きく取り、月面にかかる圧力を小さくすることで、レゴリスに沈み込みにくいタイヤを実現しました。

第1世代のタイヤには、やわらかい金属のフエルトがタイヤの接地面に付いていました。この金属のフエルトには、摩擦力の向上と月面との接地面積を増やし、月面を走行しやすくする狙いがあります。砂漠でも砂に沈まずにスタスタと歩くラクダの足の裏からヒントを得て、作ることになったそうです。今回の走行試験に使われた第2世代のタイヤには金属のフエルトはまだ付いていませんでしたが、今後は第2世代のタイヤにも付けられる予定です。

しかし、ラクダの足の裏や金属のフエルトにより摩擦力が上がるメカニズムはまだわかっておらず、今後の研究対象となるそうです。
月面車にキャタピラは使える?
取材に来ていた記者から「月面探査車にはキャタピラは使えませんか?」という質問が挙がりました。キャタピラとはショベルやブルドーザーなどに使われている装置です。デコボコ道でも動けますし、月面との接地面積も広く確保できるため、いいアイデアのように思えます。しかし、月面探査車用タイヤを開発しているブリヂストンの弓井慶太さんによると、キャタピラは鉄板が連結しているため、万が一壊れてしまったときに全く走れなくなってしまうという大きな課題があるといいます。月面探査車には宇宙飛行士が乗るため、安全が第一です。タイヤは6輪付いているため、そのうちの1輪が壊れた場合も走行できるのでより安全だと言えます。
とはいえ、アルテミス計画ではキャタピラが活躍する可能性もあると弓井さんはいいます。弓井さんは「探査で宇宙飛行士を乗せる車にキャタピラを使うのは難しそうですが、月面で建物を建設するときにキャタピラが使えると理想的です」と話しました。
地上と同じように、モビリティの用途や種類によってぴったりと合う走行装置は変わります。ぜひ読者の皆さんも将来は月面でどんなモビリティが必要になるのか、それにはどういう走行装置が合うのか考えてみてください。
文