Quantcast
Channel: │コカネット
Viewing all articles
Browse latest Browse all 346

【子供の科学10月号 特集】柴田勝家先生のSFプロトタイピング『運命予報』

$
0
0

運命予報

「イマからミライへ」

 運命省発表による七日間予報は概ね快調。月曜日の古文の授業は人生適正率が六割超えだから、きっと大学受験に役立つだろう。水曜日の朝には運命の出会い有り……。

 端末に届く自分の〝運命〟を見る少女・ミライ。今や自分の〝運命〟は未知のものではなく、運命省が個々人に届ける時代になった。量子コンピュータが毎秒ごとに解析、診断する適正行動、全員がそれに従えば従うほどに確度は上がっていく。自動運転の次は人間の自動的な人生だ。適正のある仕事も、理想の結婚相手も〝運命〟が教えてくれる。外国での普及率は低いらしいが、日本では早くから浸透したという。これも同調圧力のなせる技だろう。

 水曜日、ミライは登校中に曲がり角で転校生・イマとぶつかる。これも予報通りで、相手もそれを知っていただろう。全ては予報の通り、イマは自分のクラスにやってきて、ミライの隣の席になる。ミライにとってイマはそれほど好みではなかったが、これも〝運命〟の相手である。だから優しく接しようとするが、どういうわけかイマの反応はチグハグなもので、予報にはない小さな衝突を繰り返してしまう。

 新たな週の七日間予報。水曜日には三割の確率で階段から落ちるが、この失敗の代償として木曜日には推しである「ディゾナンス」のライブチケットが八割の確率で当選するという。そして金曜日には理想の相手と初デート。ミライのもとに寄越される予報では変わらずイマが理想の相手とあるが、親しくしようとするほどに喧嘩ばかりしてしまう。クラスメイトたちも心配し、誰もがイマは〝運命〟に逆らっているのだと結論づける。そんなイマが悩みのタネとなり、ミライは学校の階段から滑り落ちそうになる。すぐに手すりを掴めば防げた事故だったが、ミライは翌日の幸運を確実にしようとし、その〝運命〟を受け入れた。しかし、階段から落ちたミライをイマが抱き止める。イマは全ての〝運命〟を受け入れようとするミライを非難し、相変わらずの喧嘩へと発展してしまう。

 翌日、ミライのもとには二枚のチケットが届いた。予報は修正されており、彼女が手にしたのはプラネタリウムのペアチケットだった。イマの介入で〝運命〟が変わったのだと嫌味を言うミライだったが、それに対しイマは彼女を救うことが自分のところに来た〝運命〟であり、不本意ながらもそれに従ってしまったのだという。真実を知ったミライはイマに改めて礼を伝え、ペアチケットを差し出してデートに誘うのだった。イマもまた渋々ながらそれを受け入れる。

 そしてデートの帰り道、ミライはイマにどうして〝運命〟に逆らうのかを問う。するとイマは自分が一年後に死ぬと〝運命〟でわかったと言う。ミライは顔を青ざめさせ、自らの〝運命〟の長期予報を確認すれば、たしかにイマと結婚する未来は描かれていなかった。イマは彼女と別れようとするが、一方のミライには「イマに告白する」という予報が届けられている。しかしミライはその予報に逆らい、告白しない、という選択をイマに伝えた。ミライはイマの〝運命〟を変えるため、自らの予報にも逆らった。

 それから一年後、ミライは未だにイマと喧嘩を繰り返している。ミライが〝運命〟を変えた結果なのだろうか、イマの長期予報も修正され、死の〝運命〟からは解放されたようだった。二人の喧嘩は相変わらずだが、以前よりずっと親しげに見える。そしてミライの長期予報がわずかに修正される。それは〝運命〟の相手と結ばれる未来の予報。

「レゾナンス」

 運命省発表の七日間予報は相変わらず好調。月曜日には高級ディナーの誘いがあり、水曜日に宝くじを買えば六割で高額当選できるだろう。金曜日に出会った異性に告白すれば必ず上手くいくはず。

 そんな文言を見たカイトは鼻で笑ってから、すぐさま電子ペーパーを破棄する。カイトにとって〝運命〟はその程度のものだった。従いさえすれば幸運が来ると、運命省はご機嫌取りに必死なのだ、とカイトは言う。大多数が歩調を合わせるからこそ〝運命〟は正確な予測ができる。それに率先して反抗するカイトは運命省にとっては邪魔者なのだろう。〝運命〟の人生適正率が低いほど、そのマイナス分を取り戻させようと良いことばかり訴えてくる。

 カイトもつい最近までは〝運命〟を受け入れている側だった。予測に従いマッチングした音楽系コミュニティは居心地が良かったし、そこでできた友人と一緒に組んだバンド「ディゾナンス」は界隈では十分にヒットした。ただある日、バンドメンバーのクロノがこんなことを言い出した。「オレたちのバンド人気っていうのは、オレたちを好きになる〝運命〟のヤツが集まってきただけなんじゃないか?」

 次のライブで、クロノは突如として客席に飛び込んで暴れまわった。ファンが何人もケガを負った。これで「ディゾナンス」も終わりだ。カイトはそう覚悟した。しかし、観客は暴れまわったクロノの方を称賛した。カイトは後になって、その場に集まったファンの〝運命〟に「クロノが暴れてケガを負う可能性有り」という短期予報が送られていたことを知った。個人の体調や独り言もデータとして〝運命〟には反映される。だから、クロノ自身がいかに〝運命〟を覆そうとしても、数時間前に決意していたならそれすら〝運命〟に取り込まれる。ケガを負ってなおクロノを称賛するのは、そういった他人の〝運命〟を受け入れた熱狂的なファンたちであった。その光景を見たとき、カイトは〝運命〟を恐ろしく感じてしまい、逃げるようにしてバンドを脱退したのだった。

 カイトは今日、久々にライブハウスを訪れた。バンド脱退時に残してきた私物を取りに来たのだ。しかし、楽屋にはクロノの姿があった。「カイトが来るって予報が出てたからさ」そう言うクロノに対して怒りが湧くカイト。ライブをめちゃくちゃにしたはずのクロノは結果的に〝運命〟に従って成功をおさめ、忠実だったはずの自分は道半ばで諦めることになった。そういった言葉を吐いて喧嘩になりかけた。だがクロノは早々に立ち去ることを選んだ。別れ際にクロノは一つの〝運命〟をカイトに託した。それは親しい人間にしか公開できない認証付きの〝運命〟であり、そこには「三年後の人気絶頂時に自殺する可能性」とだけあった。それは過去の様々な事件の統計から導き出されたものであり、クロノ自身が意識している限りは達成されない予報である。しかし、とカイトは薄暗く微笑む。おそらくクロノは従うだろう。そう思えば、今のクロノの幸運にも目をつぶろう。カイトはそう思った。

 それから一年を経て、カイトは再びライブハウスを訪れる。音楽を捨てたわけではなかった。今度は〝運命〟に従わないことをポリシーにする仲間を集めて、同じく〝運命〟を嫌っている人間たちを相手に歌ってきた。音楽シーンでは反骨精神はいつだって受け入れてもらえる。世間では煙たがれることもあるが、そういった人間に限って〝運命〟を妄信しているから、カイトたちを見ても「若いときはそう思うだけで、いつかは〝運命〟に従うことになるよ」などと訳知り顔をして見逃してくれる。

 そんなある日、カイトのもとに一通の特殊な〝運命〟が送られてきた。

「社会影響度が一定値を越えた方にのみ送付される〝運命〟です。あなたは三年後の人気絶頂時に自殺する可能性があります。ご留意ください」

 カイトはそれを見て思わず笑い出す。これは本当に予報なのだろうか。それとも、この結末を他人に知らせることで嫉妬されないようにする免罪符なのだろうか。カイトにとってはどちらでも良かった。カイトは認証付きの〝運命〟をすぐさま破棄してみせた。

「天運の人」

 運命省発表の七日間予報は不調。月曜日は雨、火曜日は曇り、水曜日以降は晴れ。

 将棋指しであるアマチは自身に送られてきた〝運命〟を流し見る。運命省に利用申請を行ったときに決めた予報範囲は最低限だった。知りたくない〝運命〟にフィルターをかける人間はいるが、気候以外の全てにチェックをいれる人間は少ない。何度も区役所の職員に確認されたが、そこは自らの職業を引き合いにだして認めさせた。

 事実、アマチのようにプロ棋士として活躍するものには〝運命〟の設定を極限まで下げているものもいる。勝負事に〝運命〟を持ち出してしまっては、もはや戦う意味すらないのではないか、アマチはそう考えている。ただし、そういった考えは古い方でもあるらしい。

 この日、将棋のトーナメントで戦う相手はヨモイという若手棋士。アマチより二十歳も年下で、物心ついたときには〝運命〟が日常にある世代の将棋指しだった。ヨモイは対戦相手であるアマチ自身の〝運命〟も見ているという。公開可能な範囲のものに限られてはいるが、それだけで十分に対応できるだろうとヨモイは自信を覗かせる。実際に対局が始まれば、アマチの一手に合わせてヨモイも的確なところへ指してくる。アマチの指し方を〝運命〟から予測し、すでに自分の頭の中で再現するだけでいいというヨモイ。これが〝運命〟を受け入れた棋士の戦い方なのかと舌を巻くアマチ。対局中は電子機器の使用を禁じられているから、ここで新たな〝運命〟を受け取ることはできない。それでもヨモイにとっては自明の盤面を繰り返すだけなのだ。

 そもそもアマチにとって〝運命〟は将棋そのものだった。望んだ場所に駒を指し、それに対して相手がどう動くかを予想し続ける。数手先はもちろん、数十手先を読んで指すのが当然だった。コンピュータなら数億手は先読みして最善手を探すのだろう。今の社会で使われている〝運命〟などというものも、この先読みと最善手の繰り返しでしかない。利用範囲を日本に限ったとして、一億人のプレイヤーが毎秒ごとに出している一手を読んでいる。それは技術的には素晴らしいが、本質は目の前の将棋と同じだ。

 アマチの一手にヨモイの手が止まる。だが数秒後には再び最善手を指してくる。どうやら〝運命〟よりも数段飛ばした一手を指せたようだ。人間の棋士はコンピュータでは出せない一手を出すことができるという。それは答えの総当りをすることなく、なんとなくの直感で答えにショートカットできるからだという。もちろん今の量子コンピュータならば、それに近いことができるとアマチは知っている。それでもアマチは人間だからこそ出せる偶然の一手を信じていた。

 勝負は白熱していくが、やがて終わりが近づいてくる。ヨモイが攻めている局面だが、一手でも間違えれば逆にアマチから攻め込まれる。そしてヨモイが集中する中、ふいに外で雷が鳴り響く。アマチはそれに全く動じないが、ヨモイは窓の外へ視線をやった。そして、視線を戻したときには考えていた一手が消えてしまったようだった。苦し紛れに出した一手でアマチの王将は逃げ延び、逆に次の一手でヨモイの玉が狙われる。その瞬間、ヨモイからは「負けました」と投了の声があがる。

 勝利したアマチだったが浮かばない表情をしている。結果的に、自身も天気の〝運命〟を得ていたために落雷に動じなかっただけだ。単なる偶然すら〝運命〟に回収されてしまうことを寂しく思うアマチ。一方のヨモイは感想戦の中で、アマチが今日の対局で勝利するという〝運命〟を見てきたと伝える。それでは何故、負けるとわかっていても対局に挑んだのかを問うアマチ。それに対してヨモイは「指している最中が一番楽しいからです」と答える。

 その答えを受けてアマチも微笑む。将棋と〝運命〟が同じものなら、それは正解なのだろう。結局、本当に〝運命〟が当たるのかは誰にもわからない。ただ、そこに向かっている経験そのものを楽しめれば、より良い一手を探せる。アマチはそう思い、頭を下げた。

解説

 人類の「調和」が何かを考えたとき、完全な公平と平等が最終目的地にあるように思いました。思考を共有し、共感することで他者との繋がりを確保する社会は理想であり、筆者も以前にそうしたSF作品を執筆した経験があります。一方、今の人類社会でそれらは実現し難く、その前段階として嫉妬と競争がいくらか和らげられた社会を想像しました。人間が競争心を持つ限り、個々人や社会の調和は難しく、その始まりを想像すれば自分と他人の未来が見えないことにあると考えました。「自分より得した誰かは、この先も幸福である」や「自分の不幸な状況はずっと続く」といった不安が、他者への攻撃になっていくのが人間だと思います。

 それを緩和する提案として、今回は機械仕掛けの運命といったテーマを出しました。今でも占いの結果を見て、自分の不幸を「こういう時期だから仕方ない」と和らげるような場面があります。あるいは他人の占い結果を見て「この後、大変なことが起こるのか」と同情できるようなこともあります。これを拡大強化することで、誰もがお互いのランダムに起こる幸不幸を認めることができ、社会全体で調和できるのでは、と考えました。

ガジェットについての解説

・運命省

 人々の〝運命〟を管掌する機関。情報としての日本をまるごと再現し、国民や国土の変化を量子コンピュータで解析・予想していく。気象予測、自動運転といった大きな予測から刈り込んでいき、端末から取得した人の位置情報も入り、最後にSNS等より取得した発言から周囲の感情の正負を判断、総合的な予測を行う。全員が〝運命〟通りの動きをすれば、必ず〝運命〟通りになる。

・人生適正率

 過去の情報から、その個人にとって必要な行動かどうかを判断する目安。数値の変化が乏しくなった際には、これまでとは全く異なる行動がサジェストされることもある。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 346

Trending Articles